【書評】失敗の本質 戸部 良一 感想・レビュー


今年で太平洋戦争が終わって74年になります。
私は、戦後生まれですが、あの戦争はいったい何だったんだろう?
と疑問に思わずにはいられません。

と言うのも、戦後からも平成を経て令和に変わりました。
しかし、毎年暑い夏のテレビ中継の中で広島・長崎の慰霊が放送されています。

最初から負ける戦だった。
国力の差は歴然とあったものの、大敗でした。

振り返る程に疑問に思える戦争でした。

そんなときに出会ったのがこの「失敗の本質」でした。
この本は、軍事専門家や歴史学者、組織研究者、そして経営学者の
6名の共著でした。

軍部の台頭にものが言えない政治家達

まず、戦争が起こった背景を見なければなりません。

その当時、日本は満州を領土としており、満州での権益を持って日本の国力としていました。

しかし、欧米社会がこの満州への侵攻を許さず、国連での批難決議がなされ、
あえなく日本は国連を脱退してしまいます。
そして、ドイツ、イタリアと三国同盟を結び、帝国主義へと突き進むのです。

この時点では軍部が台頭して政治家や外交官達がものが言えない時代となっていました。

その軍部は、「欧米なにするものぞ!」とばかり、声の大きな者が勝つような風潮でした。

これが当時の政治で現代にも続いている日本の風潮なのです。

過去の成功体験を盲信してしまっている?

過去において日本は、「日清戦争」「日露戦争」を戦って来ました。
どちらの戦争にも勝利して日本軍強しの風潮が日本軍の中に蔓延してしまい、
軍部の組織を硬直化させてしまったのです。

その風潮が現代にも引き継かれています。

それは安易な成功体験から相手を過小評価してしまい、
冷静な分析が出来なくなってしまっていることです。

戦争を精神論で戦おうとした?

戦争中に軍部が掲げた標語が「欲しがりません勝つまでは」「進め一億火の玉だ」と
いった精神論です。

また、聞くところでは、竹槍の訓練や学徒出陣といった悲劇的なことまで起こっています。

しかし、現代戦を精神論では戦えません。
これは神国日本だから神風が吹くといったむなしい期待論でしかありません。

この精神論が今も残っています。

実戦を活かすことが出来なかった?

真珠湾攻撃をした時には、空母6隻を引き連れて、浅瀬にもかかわらず航空攻撃を実行しました。

これは当時としては、革新的な戦術でした。

この時代は、戦艦から航空戦力へ移行する転換点の時代であり、それを証明したのがこの真珠湾攻撃だったのです。

しかし、その経験値をその後に活かしきれず、むしろアメリカ軍に空母の運用を悟られてしまいました。

その学習経験、イノベーションを先々に活かしきれない考えが現代においても引き継がれています。

現場(戦場)と指揮管理(上層部)との乖離

現場(戦場)を理解しないで命令を下す指揮官が多かった。

特に、ひどかったのは、「インパール作戦」でした。
当時の牟田口廉也中将率いる第15軍は、ビルマ戦線において、インド北東部の山岳地帯の都市インパールを目指しました。
しかし、そこは2000mを超える山々の続く山岳地帯であり、重い重装備を運搬するには過酷な作戦でした。

それに加えて、大量の雨、マラリア、赤痢の蔓延が危険視され、現場の指揮官からは「無謀であるとの」意見が具申されましたが、牟田口廉也中将は現場の指揮官を解任してこの作戦を強行しました。

このように上層部と現場との見解の違いが個々の作戦で起きています。

現場の意見を重視せず、強行な命令を下して、現場のやる気を失くしてしまい、失敗することが多かったのです。

この教訓が現代には活かされておらず、相変わらず、日本の組織内では、現場と管理部との溝は埋まっておらず、同じ過ちを犯しているのが現状です。

環境の変化に対応出来ない?

これは主に熱帯のニューギニア戦線で起こっていました。

当時、大本営は敵の過小評価により、軍事ではやってはいけない戦力の逐次投入を行いました。
大本営の安易な判断により、誤信からくる作戦でした。

更に、このニューギニア戦線の環境の変化を捉えることが出来ずに兵站が途絶え、
将兵は飢餓や熱帯特有の感染症に苦しめられました。

旧日本軍は、兵站(補給)を安易に考え、更に、将兵の環境に対する備えにも手抜かりが生じ、多くの将兵を失っています。

この環境の変化に対する備えは、現在においてもおろそかにされています。
企業では、現場第一主義を唱えながらもこのこの教訓は活かされていません。

多くの日本人が「空気」に影響を受けています。

一時期、国会でも「森友問題」で安倍総理が追求を受けたように、日本人にはこのような上からの押し寄せる「空気」に「忖度」してしまうのです。

その「忖度」は時には、非常に有効でもあるのですが、場面によっては、厳しい判断を迫られる時に「空気」に流され、判断し易い「忖度」へ流されてしまいます。

特に、戦場のような命を掛けた判断を求められる時、上への「へつらい」=「忖度」では判断が鈍ってしまいます。

この「失敗の本質」では、この「空気」に流される日本人が現代でも受け継がれており、「強い者」への安易な妥協となって判断を曇らせていると解説しています。

まとめ

この本は、ただ単に日本軍の犯した誤った作戦を批判するのではなく、
その誤った思想を現代まで持ち越し、今の日本の判断を謝らせていると警告しています。

同時に、非常に残念なことにこの戦争で犯した過ちを反省せず、
平和ボケした日本人に一石を投じているのです。